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不凍タンパク質(AFP)の応用 津田 栄 |
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はじめに「不凍タンパク質とは何か?」をお読み頂ければ幸いです。 |
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<AFP凍結技術の基本 ー凍結濃縮抑制ー> AFPによる凍結技術の理解に役立つ簡単な実験例を下図に示します。まず4つの紙コップに色水を50mlずつ用意します(ジュース代用品)。次いで各々に魚体から精製したAFPの粉末を0、0.01、 0.02、 0.05 mg/mlになるように加えます。その後、これらを汎用の冷凍庫(約-20℃)に入れて数時間凍らせたものが下の写真です。ご覧の様に、左端の紙コップ(AFP=0mg/ml)では凍った水が白くなり氷の中央部が白く盛り上がっています。氷は無数のツブ氷(氷核)が融合したものであり(左下図)、水分子以外の物質は融合に参加できません。その結果、色成分は融合するツブ氷から自動的に排除されてしまうのです。排除された色成分は未凍結の部分に濃縮されます(この場合は紙コップの中央)。このようにして、色が抜けた氷が白く見えると言うわけです。また、水が氷に変化する際の体積膨張が中央部を盛り上げます。一方、AFPを添加した紙コップでは、AFP濃度に応じて白っぽさが消え、氷の盛り上がりも抑えられていることが分かります。これは、AFPが個々のツブ氷に結合しそれらの表面を覆い融合を阻止する結果、色成分を排除する力や体積膨張が抑えられる為なのではないか?と推察されます(右下図)。このAFPの働きを「再結晶阻害機能(Recrystallization Inhibition)」と呼ぶこともあります。このように、AFPは凍結状態にある含水物の内部をツブ氷で満たす働きをします。これを応用することで、加工食品、スープ類、氷菓子類、めん類、パン類、野菜、果実、種子、清涼飲料水、酒類、医療品、化粧品、インク顔料、高分子ゲル等の内部をツブ氷で満たす新しい凍結保存技術を開発できる可能性があります。液体窒素や特別な装置を必要としない省エネルギー性を有していることもAFP技術の特徴です。 |
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<AFPがつくる氷の顕微鏡画像> 一般的な氷の顕微鏡画像は、糊と空気ツブを混ぜたコンクリート液のようなものになります(左下写真)。上で示したように、このような状態の氷は時間と共に膨張(結晶成長)したり凍結濃縮を起こすなどして、含水物の内部を破壊して行きます。一方、AFPを0.2〜0.5mg/ml の濃度で含んでいる氷は、無数のツブ氷(氷核)の分散物になります(右下写真、おコメのようなものが氷ツブ(氷核)、青枠内は1個のツブ氷の拡大画像(AFP濃度が0.2mg/mlのためバイピラミダル氷結晶になります。機能説明のページを御覧下さい)。これらのツブ氷は、AFPの吸着によって互いに結びつけず、また結晶成長も抑制されるために、凍結保存中の含水物の内部構造を破壊しにくいと考えられます。このような分散状態は、0℃以下でさえあれば半永久的に維持されるため、最大氷結晶成長温度域(ー10℃から ー2℃位までの凍結温度範囲)でも含水物を品質良く保存できます。もしも含水物が完全に溶けてしまっても、これを凍結すれば再び氷核の分散物が形成されます。即ち、AFPは凍結と解凍の繰り返しに耐えることができます。 |
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<ゲル状食品への応用例> 凍結に弱い食品の代表例として豆腐や寒天ゲルが挙げられます。しかし"含水物の内部をツブ氷で満たす"性質をもつAFPを使えば、凍結に耐えられる豆腐や寒天ゲルを簡単に作ることができます。下は質量濃度0.5%の寒天ゲルをプリンカップの中に作製し これを汎用の冷凍庫で一晩凍結した後に、室温で解凍したときの写真です。ご覧のように、AFPを含まない場合には氷の成長によって寒天ゲルの網目構造が破壊されてしまいますが(A)、0.05mg/ml 以上の濃度でAFP(注.高純度BpAFPを使用したとき)を含む寒天ゲルでは凍結前の網目構造がしっかりと保持されます(CとD)。これは、AFPの添加によって生成する無数の”成長しない”氷核が、寒天ゲルの網目構造を守るためと考えられます(下の原理説明の図をご覧下さい)。 |
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<国産AFPの探索、発見、大量生産> 私達はNMR法とX線法の併用によるAFPの構造機能解明とオリジナルAFPの探索の両方を精力的に進めてきました。札幌医科大学附属臨海医学研究所、北海道野付漁業協同組合、藤富水産(札幌市厚別)等の多大な協力を得てAFP探索を実施した結果、これまでずっと北極や南極およびそれらの周辺に生息する生物だけが有すると信じられてきたAFPが、実は、私達日本人の食卓に並ぶワカサギやカレイ等の魚肉中に豊富に含まれているという意外な事実が初めて明らかになりました。下の写真はAFPを含む魚の例です(調理後も活性有り)。これらの魚肉すり身から容易にAFPを精製できる事も明らかになりました。 |
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<AFP工学の創成> AFPを工学的分野に応用する為の新しい研究も開始しています。私達は、無数のIII型AFPのアミド基末端を金属プレートに固定化したもの(約6,000億個/平方cm)を作製してみました(右下写真)。そして、その基板がどのような特性をもつかを調べた結果が最下段の3連続写真です。この実験では、冷凍庫内に温度計を置き、その上にAFP固定化基板(AFP+)とそうでない基板(AFPー)を置き、2つの基板上に水滴を置いて、それらの水滴が何℃で凍結するかを調べました。その結果、AFPーの基板上の水はー10℃に冷却しなければ凍結しなかったのに対し、AFP+の基板上の水はー3℃で凍結することが分かりました(注.静置した状態では水は0℃では凍らずー10〜ー20℃で凍ります(過冷却現象)。このため汎用の冷凍庫内温度はー18℃前後に設定されています)。つまり、AFPを固定化した基板は、より0℃に近い温度で水を積極的に凍結させる機能即ち"氷核機能"を発揮することが明らかになったのです。わずかなマイナスの温度域で安定に水や含水物を凍結させることができれば、現在の冷凍技術分野において消費されている莫大な"冷却エネルギー"を削減する事ができると考えられるのです。 |
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<非凍結温度域で発揮されるAFPの第2の機能、細胞保護機能> 1990年代にカリフォルニア大学のRubinskyらはAFPが氷温付近(0℃)の非凍結温度域で生細胞の生存率を向上させる機能(細胞保護機能)を有すると発表しました。しかし、北極海の鮮魚から極微量しか得られないAFPでは、その細胞保護機能をさまざまな細胞について調べたり再現性を検証することは困難なため、今日に至るまでその真偽は曖昧でした。当研究室が行ったAFPの大量精製技術の開発はAFPの細胞保護機能を詳細に調べることも可能にしました。下の写真a〜dは、ヒト培養肝細胞を4℃で24時間保存した後の顕微鏡写真です。赤色に染まったツブは死細胞を示し、緑色は生細胞を示しています。市販の細胞液であるユーロコリンズ(EC)液を用いた場合には(a)、ほとんどの細胞が死んでしまいます。しかし、この液に10mg/ml濃度のAFPIIIの魚体すり身抽出物を添加すると(b)、細胞は生き続けることが出来るのです。遺伝子工学を用いて作製したAFPIIIにも濃度依存的な細胞保護効果が認められました(cとd, 各々10mg/mlおよび20mg/ml濃度)。 |
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